2016年1月8日金曜日

ソニー、民生品を3Dプリンターで量産へ、高い生産能力を持つ装置を開発

ソニーは2015年11月20日、クラウドファンディング・サイト「First Flight」*1において、アロマディフューザー(芳香デバイス)「AROMASTIC」の製品化に向けたプロジェクトを公開した(図1)。AROMASTICは、持ち運びが容易なスティック型筐体で、ユーザーが望んだタイミングで好みの香りを自分だけで楽しむという、いわば「ウォークマンが音楽で実現した機能を、香りの楽しみ方にも応用した製品」(ソニー新規事業創出部 AROMASTICプロジェクトリーダーの藤田修二氏)。
*1 First Flight
ソニーが2015年7月に開設したWebサイトで、具体的な商品やサービスを提案し、商品化に向けた支持を募るクラウドファンディングに加えて、具体的な提案に先立ったいち早いコミュニケーションをする「ティザー」、商品を販売する「eコマース」の3つが柱となっている。
(a)5 種類の香りから1つを選択し、本体側面のボタンを押すと空気の流れに乗って香りが先端から出てくる。外装は白色と黒色の2色を用意した。(b )ソニーのクラウドファンディング・サイト「Fir st Fli ght 」でプロジェクトを公開し、支援を募っている。目標金額は1000万円。2015年12月17日時点での達成率は33%。

この製品で注目すべきは、香り成分を格納するカートリッジを3Dプリンター(マイクロ光造形システム)で製造する計画であること。クラウドファンディング中なので発売が確定したわけではないが、クラウドファンディング向けとして出荷する予定の3700個を、2016年6月以降に量産できる体制を構築中だ。


 
2016年1月号
中山 力、野々村 洸
2016/01/07 00:00
出典:日経ものづくり、2016年1月号 、pp.20-22 (記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります)
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香りは着脱式カートリッジの中に

 AROMASTICは直径が約25mm、長さが約85mmの円筒形で、質量が約40g。香りを選択する際には本体上部を回転させ、香りを出す際には側面のボタンを押す。いずれも片手での操作が可能で、持ち運びもしやすい。
 香りは、着脱可能な円筒形のカートリッジに格納する(図2)。カートリッジの周辺部には軸方向に貫通する5つの穴が配置されており、これらの穴それぞれに1つの香り成分が格納されている。使用時にはまず、このカートリッジを本体の先端から挿入しておく。ユーザーはこの状態で持ち歩くことになる。
図2 AROMASTICの構造の模式図
カートリッジは、本体の先端部に格納されている。カートリッジを挿入した状態で先端部を回し、目的の香りを選ぶ。ボタンを押している間だけ、香りがカートリッジの穴から出てくる。
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 実際に使用する際は、本体の先端部を回転させてカートリッジの位置を変え、好みの香りを選ぶ。香りを選んだら、ユーザーは香りを嗅ぎたいときに本体側面のボタンを押せばよい。すると、本体の先端部から選択した香りが空気の流れに乗って拡散され、ユーザーの近くに届く。「気体拡散方式(ドライエアー方式)」と呼ぶ芳香方式である。
 具体的には、本体内部に小さなエアポンプが格納されており、ボタンを押している間だけ空気を送り出す*2。その空気流が、カートリッジの穴(選択された1つだけ)を通過する。穴の内面には香り成分として揮発性物質をコーティングしてあり、それと接触した空気流は香りを含む状態となり、香りが外部へと運ばれる。
*2 ポンプの吐出量は10ml/s程度で、ちょうど心地よい濃度の香りとして吐出されるように試作を繰り返したという。電源としてはリチウムイオン2次電池を内蔵し、約2.5時間の充電で2週間(1日に10回の頻度で各10秒間使用した場合)利用可能だ。

複数のマイクロ流路を形成

 カートリッジは2重構造になっており、香りを格納した内部部品とそれを覆うカバーに分かれる。内部部品には前述のように5つの香りを格納するための貫通穴が開いており、一方のカバーは上面に穴が1つだけ開いている(図3)。このカバーの穴が、外観上の吐出口となる。
図3 AROMASTIC(試作品)のカートリッジを取り外した状態
カートリッジは、カバーをかぶせた状態で本体に挿入する。本体の先端部を回すと、内部部品も同期して回転するが、カバーは動かない。先端部の上面には目印が記してあり、これとカバーの吐出口の位置を合わせることで香りを選択する。3Dプリンターで造形したコア部品は、内部部品の中に組み込んである。
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 本体の先端部を回転させた際、内部部品はそれに同期して回転するが、カバーは動かない。本体に内蔵したポンプと吐出口の位置関係が変わらないようにするためだ*3。ポンプが空気を送り出す位置の真上に、吐出口が常にあるようにしている。つまり、カートリッジの貫通穴のうち、1つだけにポンプから空気が送られ、その空気が吐出口から出てくることになる。
*3 ユーザーが本体側面のボタンを押しやすいように持つとき、吐出口の位置が変化しないようにするという意味もある。
 内部部品も複数の部品で構成されており、その中核となるのが香りを直接格納するコア部品だ。その中に、香り成分がコーティングされた微細な流路(マイクロ流路)を形成してある。好きな香りを選べるというAROMASTICのコンセプトを実現するには、小さなコア部品の中に複数のマイクロ流路を形成する必要がある。「最初は、100種類くらいの香りを入れられないかと考えた」(藤田氏)という。最終的にはユーザーが1日のさまざまなシーンで香りを使い分けられるように5種類と設定した。
 しかし、5つのマイクロ流路でも技術的なハードルは高かった。マイクロ流路は、細長いという高アスペクト比であるだけでなく、直径が一定でない3次元的な構造になっているからだ*4。流路の直径は数十~数百μmレベルと極めて微細なものである。この微細な特殊構造については特許を申請中で、AROMASTICの技術的優位性の1つになっている。
*4 ポンプの性能が限られる中、圧力損失を少なくしながらも表面積を最大化する必要があったため。
 このようなマイクロ流路を複数持たせたコア部品を製造する方法を見つけることが、製品化の大前提となる。切削加工や射出成形では実現できそうもなかった。フィルムを積層することも検討したが、「圧着する際に下の層がつぶれてしまう」(ソニーイーエムシーエス要素技術部門の木原信宏氏)という課題があった。そこで目を付けたのが、「1次元規制液面光造形法」と呼ぶ技術である1)

湾曲したガラスを回転させながら造形

 3Dプリンティングの1つである光造形法は、光硬化性樹脂に対してレーザーなどの光を選択的に照射して断面形状を硬化させ、積層していく方法だ。光造形法では、タンクに貯めた液体樹脂の表面(空気との境界面)にレーザーを照射する「自由液面法」が一般的だが、液面を平滑にするのに時間が掛かる。これに対して小型機を中心に増えているのが、タンクの底面をガラスなどで構成して下側から光を当てる「規制液面法」。この方法なら液面の乱れは防げる*5。ここで課題となるのが、硬化した樹脂とガラスの剥離である。
*5 自由液面法よりも規制液面法の方が、積層ピッチの調整幅を大きくできるという利点もある。
 硬化した樹脂はガラスと接触しており、次の層を造形するために剥離させなくてはならないからだ。1層分の面全体が接合したような状態のため、無理に剥離させると造形物が破損する危険性がある。このため、既存の3Dプリンターではタンクを搖動するといった工夫で、少しずつ慎重に剥がすようにするのが一般的。これが高速化のネックになっていた。
 これに対してソニーがAROMASTICのコア部品の製造方法として採用した「1次元規制液面法」は、ガラスを通じて樹脂に光を当てるという点では規制液面法の1つといえるが、平面ではなく円筒状に湾曲したガラスを使う点が従来とは異なる。1層分の造形を進める中で、湾曲したガラスを回転させながら移動させていくのだ(図4)。ソニーが独自に開発した技術である。
図4 1次元規制液面光造形法の原理
湾曲した規制液面ガラスの最下点付近とプレートの間に光硬化性樹脂を保持しておく。レーザーを直線方向に1次元で走査して、規制液面ガラスを通して光硬化性樹脂を硬化させる。プレートを送ることで2次元的な断面形状を造形していくが、その際、規制液面ガラスを回転させることで硬化部との剥離を実現する。1層分の造形が完了したら、規制液面ガラスとプレートの間隔を広げて次の層を造形することで積層していく。
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 この方法では、1層分の造形が完了して一気に剥離するのではなく、造形しながら、その直前に硬化させた樹脂(造形物)とガラスの剥離を並行的かつ連続的に進めるため造形時間を短縮できる。剥離時に造形物へ与えるショックも小さい。加えて、ガラスの最下部だけで硬化させるため、レーザーを走査する方向は直線(1次元)となり、ポリゴンミラーによる走査の高速化も図れる*6。また、ガラスが湾曲しているため、平面よりも剛性が高くなり、造形物の面内厚さ精度が高まるというメリットもある。
*6 一般的な光造形法(自由液面法)ではレーザーをガルバノミラーによって2次元的に走査する。
 このように高速かつ高精度に造形できる能力を持つことから、今回、AROMASTICのコア部品の製造方法として採用した。逆に言えば、この3Dプリンティング技術がなければAROMASTICの製品化は断念することになっていたかもしれない。
 プロジェクトが成立するかは現時点で未定だが、製品の開発とともに、量産するための装置の開発にも着手しているという。クラウドファンディングとして用意する最大3700個を量産できるような造形能力を持つ3Dプリンターになりそうである。
参考文献
1) 安河内裕之,増原慎,木原信宏,「1次元規制液面光造形法の開発」,『日本機械学会 第2回マイクロ・ナノ工学シンポジウム講演論文集』,pp.157-158,2010年.









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